2015年8月1日土曜日

妊娠のつらかった話【閲覧注意】



しばらく
インストラクターの話とはずれますが
根幹をなす話なので
お付き合いくださいませ。

※妊娠について
    意識の深いところの話を書いています。
    精神的に弱い方は、スルーしてください。



10月で
幼稚園のイベント(公の仕事)がひと段落し、
私は
11月から
通信制の心理学の勉強を
始めることにしていました。

「インナーチャイルド」

耳にしたことはありました。

そのきっかけを作ってくれたのは
糸島でのリトリートWSで出会った、
滋賀の友人。

たまたま隣り合った彼女との
トーニングのペアワークで、
私は思いもかけぬ
深い共鳴現象を体験したのでした。

彼女からインナーチャイルドの話を聞いた時も、
そのあとも
自分には無関係だ、と思っていました。

けれど、今思えば
あの時体が共振したのは、
やはり私のなかに
同じものがあったからなんだろうな、と。

それは、ずっと無意識に避けていたもの。

アダルトチルドレン
インナーチャイルド

聞いたことはありました。
でもおそらく無意識に
「しっ、しっ、あっち行け」って
意識から追い出してました。

そんなもの、
自分の中に認めたとたんに
「欠陥人間」って
烙印を押されるような気がして、
私はちがうちがうって言い聞かせていたのかもしれません。

私は
子どもを産んでから、
歯車がずれたように
心がおかしくなってしまいました。

それまでも どこかで
心の歯車がずれていたのでしょうが
自分をごまかすことができていました。

しかし、子どもを産んで
それが決定的になりました。

いや、さかのぼって
妊娠中からずれ始めていました。

おなかの中に赤ちゃんが来たのはうれしい。

結婚して知らない土地で専業主婦をして
朝から晩まで時間を持て余していた私。

自分は一円もお金を生み出せずに、
オットが働いて稼いできたお金を使ってばかりいる私。

それまで公務員看護師として
同世代の女性としては、
十分なお給料をもらっていた私は、
専業主婦という地位に、
自分の価値が見いだせなかったんですね。

だから、
妊娠したことで
女性としてちょっと優越感もあったし
やっと、「大義名分」を見いだせた。
そんな思いでいました。

つわりも軽めでした。
検診のたびに大きくなる赤ちゃん。

おなかの中にいるんだ、
そう思うと
すごくうれしいのに、
途方もない喜びを感じるのに、

一方でものすごくイライラしていました。
オットに当たり、
わざと冷たくして
意地悪なこともいっぱいしました。

わかってほしい、わかってほしい

心の奥で、だだっ子のような思いが
渦巻いています。

体重が増えないように
ものすごく神経質になっていたので

目の前でオットが
プッチンプリンを、当たり前のように食べているのを
見ただけで、
おなかの底から怒りがこみあげてきていました。

 「私はこんなに大変なのに
   どうして おまえ あなたはぁ・・・・」

妊娠を望んでいたのに、
妊娠が自分へのハンデ、罰に感じられる。

どっちの思いも
私の中に存在していて
そのことが、自分を苦しめました。
「なんて私は嫌な人間だろう」
「どっちが本当の自分なんだろう」
どこまで考えたところで
答えは見つかりません。

とにかく、自分への嫌悪感でいっぱいでした。

妊娠後期になると
おなかがせりだしてきて
体を圧迫します。

自分の体の中で
我が物顔で大きくなっていく赤ちゃんという存在に
自分の体が
乗っ取られるような恐怖、
こうやって子どもという存在に
自分の自由が奪われていくんだ、というあきらめ

そんなものを感じていました。

だからいざ出産を迎えたとき
赤ちゃんに会える!!という期待と
これでやっと妊娠が終わる、
もう子どもに自分のエネルギーを奪われなくて済む
解放される!!という喜び
そんな感情を体験していました。

これが甘かった。

子育てを通して
私は、妊娠期以上の
感情の渦に落っこちていくことになったのでした。


※ここに書いてあることは、あくまでも
 私が「そんなふうに感じて記憶した」  、という
 話なんですね。
 なので、私の中のネガティブな面が癒されてくると
 この体験に関する感情が変わってくるので
 語る内容が変わってくると思います。
 
 まぁ、実際 だいぶ変わってきています。
 記憶にまつわる感情は変えられるんですよ。
 
 今、子育てで予期せずつらい思いをしている人に
 「あなただけじゃないよ」という
 気持ちで書いています。
 届くといいな。
 




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