2015年8月30日日曜日

ピエタ・セラピーに会う (3)



初めてのピエタ・セラピー

子どもたちのストレートな反応。

私は「冷静に」聞いているつもりでした。
冷静に、冷静に。

・・・でも、そうじゃなかったようです。

帰宅して、
長男のある一言にブチ切れました~。

会場で私のそばにいた 一組の親子。
その親子の様子の、一部始終を見ていました。

参加した親子の中で
その子どもちゃんが一番泣いていました。

お母さんもつらくて泣いていました。

今回、ここに来られた理由が、
かつて私と長男が体験した状況と全く同じで

なんだか私は
自分と長男を見せられているような感じだったんです。

お母さんとお子さん、二人の気持ちが
痛いほど伝わってきてました。

これも必然だったのかもしれません。

私は必死に心のフタがあかないように
押さえていたんだろうけど
帰宅して
長男がそのボタンを押してしまったようです。

どんがらガッシャ~ンって感じでした。

PCのマウスを壊してしまいました。
私が。

凍り付くリビング・・・。
  
私に誤解された長男は、部屋へ戻りました。

私は、こんにゃろ~みたいな感じで、追いかけて行って、
最初は、責めました。
  
しかし、長男はそういうつもりではなかったようで
それを私が曲解して受け取ってしまったらしく。

私は、バツが悪かったですが
そんな態度をとったことを謝りました。


けれども、それが契機で
長男に一番伝えたかったことを
伝えられました。

とめどない罪悪感の日々。

つらい思いをさせていると、
充分にわかっていながら
寄り添うことができなかった。

長男には、絶対に言わないでおこう、と
胸にしまっっていた、幼いころのことも、
なぜか全部しゃべっていました。

長男は何も悪くないこと、
人間として未熟だった私の行動を
謝りました。

とても大切に思っていること。
素直な気持ちで伝えることができました。

長男は、私に背を向けて
黙って聞いていました。

私はリビングに戻り、しばらくたって
長男が部屋から出てきました。

ぼーっとしています。放心状態のようでした。
私は、黙って様子を見ていました。

「これからどうしたらいい」
というようなことを聞いてきました。

これまで母親に対して抱いてきた感情、
「母親とはこういうものだ」というような概念、
そういったものが溶けたのかな、
そう思いました。

心に占めていたものが溶けて
そのぽっかり空いたスペースで
何を感じたらいいのかわからない
(あくまで、私から見て、です。
 本人はどう思っているかわかりません)

で、再度部屋に戻って
「心屋さんごっこ」しました。

「お母さんのせい」

「お母さんが全部わるい」

「僕はわるくない」

「お母さんはお母さんの人生を生き、
 僕は僕の人生を生きる」

「僕は僕の人生を生きていい」


「心の中にはどんな感情もあっていいんだよ」
最後にそう伝えました。


結局、
私のためのピエタ・セラピー


そのための
大分行きだったのだな、と
思いました。



 

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