2015年8月10日月曜日

「わたし」を開示する (2)



さて、話を戻して
活動紹介のサイトを作ったことで
私自身は初めて
「自分がこの世に存在できた」感覚がありました。

社会的に認知され、存在する、ということの
大切さを知りました。

子どもの出生届けを出したときの
気持ちを思い出していました。

そして、2日後には、
ヨガ用のブログを開設しました。

けれども。

薬院校での
「ヨガクラスに参加したい」と
連絡してくる方はおらず。

画面の向こうで
誰がどんなことを考えているのかなんて
見えないですからね。


ここでまた頭をもたげるわけです。
「どうせ、私は必要とされていないんだ」
という想いが。
ひたひたと後ろに寄り添ってくる感じ。

不安でしょうがないんです。

あせり、置いてきぼり感。

そんな時、末っ子の幼稚園で 
マラソン大会がありました。
末っ子は頑張ったけど
最後の最後に2位に
落ちてしまったそうです。

幼稚園さよならするときは、
「へーき」みたいな感じだったのに
帰り道、二人だけになったら、
ギャーギャー泣き出しました。

とても悔しかったらしい。
悔しくて悔しくて、
なかなか泣き止みませんでした。

そんな末っ子を見ながら
それは彼の気持ちであると同時に
「わたしの代わりに
 泣いてくれてもいる」と思いました。

告知に対して、参加連絡がないことに
私も うわべでは 
「へーき、へーき」って思っていました。

でもやっぱり心の奥では
すごく不安だし、焦るし、悔しいし。

末っ子がそれを
私の代わりに発散しているんだな、と
思ってみていました。

そして、日が迫ったころ
同じ安部塾生さんが何人か、
参加を伝えてくださり、
ちょっと、いやかなりホッとしたのでした。


振り返ってみると、
このときの単発レッスンの思い付き、

結果的に、これは私が
行動を起こす(=私を開示する)ための
トリガーだったのだな、と。

単発レッスンの準備のために
サイトを作ったり、ブログを開設したり
しましたが、

サイトやブログで
自分を開示すること、
こちらが本当の目的だったのかもな、と
思いました。

ものすごい速度で整えましたから。
こんなことでもないとね。


この時、レッスンにお付き合いくださった方々
ありがとうございました。




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