2015年8月9日日曜日

「わたし」を開示する (1)



そんなこんなで新年があけました。
モニタークラスは、3月までと参加者に伝えていました。

4月からは、オープンクラスにして
一般のヨガクラスとして運営する予定でした。

ちょうど末っ子の幼稚園卒業の
タイミングと重なります。

長男を産んでから13年がたっていました。
その間、とぎれなく
小学校未満の子が家にいたことになります。

末っ子が小学校に上がることで
3人の子育ての大きな節目であると同時に
私自身が自立への道をふみ出す節目でもありました。

ヨガクラスでしたいことは何か、
ヨガクラスを通してしたいことは何か、
私はなにがしたいのか、


1月から4月までの3カ月、
準備期間として
そういうことと向き合うことにしました。

そして、1月下旬の指導者養成講座で
私は思いもよらぬ提案をしたんです。

それは、安部塾・福岡薬院校で
単発のヨガクラスをさせてほしいと。

まあ、私なんか無名で、人が集まるわけもなく
よくそんな提案したもんだと
口がすべる感じで軽い気持ちで言ったのですが
塾長からは二つ返事でOKをもらいました。

日にちを決めて、そこから怒涛の作業が始まりました。
昨秋に、試しで作っていたHPを整えました。

そして、1月30日、塾長のブログに
私の単発クラスの告知記事が出されました。

ハンドルネーム、ではなく、
公(おおやけ)としての「わたし」を開示した日でした。

世の中へ向けて、
「わたしってこういう人です」って
開示されたんですね。

自分の名前を出して
何かを発信するということは
自己一致という面で
あるいは発信したものに対して
責任を引き受けるという面で
意識がガーッと変わるみたいです。

これまでは、それができませんでした。

それも私の中の心理的ブロックの
一つだったのだと
思います。

かといって、
「私にもできたんだから、
あなたもやりなさいよ」
とは、人には言いません。

ブロックを外すには
踏むべき段階があり、
受け止める器が広がる必要があり
そのタイミングは人それぞれなんですね。

私も、
「こんな悶々とした気持ちを
引きずりたくない。
すべてを知りたい、
そうして楽になりたい」
そんなふうに思ったことが何度もあります。

けれども、自分に受け止める器がないと
それは不可能なんです。

自分が受けとめられる分しか
受け止められません。
というか受け取ろうとしません。

変容のタイミングは、人それぞれ。
人と比べることは、意味をなしません。

私が、このタイミングだった、
それだけのことなんだと思います。





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