2015年7月22日水曜日

重い重い腰を上げて


私は 自分の属している
「おかあさんの集団」というのが
どうも苦手なんです。

自分もがっつり「お母さん」のくせにね。

ヨガの指導の練習を始めるとしても、
そういうこと 
気安く頼んで
引き受けてくれる人がいないな~、
と思っていました。

近くの公共施設でも 
ヨガの講座が
週に何本も入っているこのご時世。

飽和状態の中で 今更ヨガ教えたって・・・。

私は 私の道を模索していこうと 
心に決めたのに

やはり 心のどこかでは
「安定した人間関係が築けないなんて 
  私は病んでいる」
という恐怖感がありました。

また、それを
「あの人ってさぁ」と
人に指摘される(レッテルを張られる)ことへの
恐怖感がありました。

ワークショップなんかで
新しいところに一人で飛び込んでいくのは
全然平気なんですけどね。

結局それは、
その場限りの関係で
そこでは人間関係を
「築いていかなくてもいい」から
平気なのであって。

持続したかかわりの中で
「ともだちをつくる」ということに
苦手意識があるんですね。

そんな自分の弱みを
人に知られるのが怖くて
私は 
「指導者になるつもりはない」という言葉で
逃げていたんです。

塾長にも
「私は永遠の塾生です」って言ってましたし。
自分でチャレンジし
人生をプロデュースしていくという道に
立たなくていいように。

そのことがよくわかったんですね。

次の養成講座まで1か月あります。
気持ちは悶々としていました。

その時に改めて 
「指導者になるつもりはありません」と
逃げようかとも思いました。
養成講座 このままやめちゃおうかな、
とまでも考えました。

翌日は 外に出る気もしなくて 
ずっと家で作業してました。

養成講座で聞かされた話。
生徒さんがどんどん減っていって
廃業せざるを得なくなった、みたいな


それが
「お前だっておんなじだよ」という声とともに
グルグル頭の中で回っていました。

切実な恐怖話でした。
稲川淳二なんかより
数倍怖い・・・・。

私が声をかけて
人が集まらなかったらどうしよう・・・。


それは自分の人間関係の鏡、
鏡を直視するのがこわい。


「もし誰も引き受けてくれなかったら?」
頭の中で何度も、リピートします。
  
「ねぇ、誰も来てくれなかったら?」
安心感が欲しくて
手あたり次第誰かに聞く、ということもできませんでした。
そんな弱音聞いてくれる人、いませんし。


堂々巡りのあと、

それはこれまでの自分のしてきたことの
結果だと受け止めて、
そこからまた始めればいいやと
思うことにしました。

ずっと背中を見せて逃げていた足を止めて
振り向いた瞬間でした。

次の日 幼稚園の参観日。
心臓バクバク、
どのタイミングで言おうか
子どもの様子なんか目に入らず、
そのことばかり考えていました。

きっと
私は目が泳ぎ、
酸欠の金魚みたいな顔していたと思う(笑)

でもこの日を逃したら
もうチャンスがない。

勇気をふりしぼってお母さんたちに
「勉強させてほしい」と言ったら、
何人かが興味を持ってくれました。

みんなの反応がありがたく、
あんなに悩んだのがうそみたいでしたね。

ヨガのクラスに行くと 
そこにいるのは ヨガしてる人ばっかなわけで
「ヨガをやったことのない人」という存在を
認識しにくいんですね。

関心のある人、やってみたいと思う人が
自分の周りにいることが分かり
勉強させてもらえる(一歩前に進める)ということで 
ホッとしました。

会場の確保も、
参加者に負担のない立地で
メドが立ちそうでした。


前を通るとき、
「力を貸してください、お願いします」と、
心の中でお願いしてました。
いろいろと頭を働かせているうちに
①どのようなコンセプトでヨガをしていくか、
②自分が社会とどのように関わっていくか、
③どのように自分の持っているものを還元していくか、

ということについて、
おぼろげながらに見えてきたように思います。

私自身の社会性を発達させていくうえで、
今はヨガの指導という手段をとってみようと、
いうように考えました。

見られたくないものを
かたくなに隠していた砦は
あっけなくなぎ倒され、
いったん更地に戻して、
また新たな城を築いていこうと決めるまで
わずか3日のことでした。

まあ、この
「あっけなくなぎ倒す」のが
安部先生だよな、と
思います。



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